想いを形にするクリエイターの役割
2006年5月、『Web STRATEGY Vol.4』P48-51
「想いを形にするクリエイターの役割」井上岳一/(株)日本総合研究所
Webデザイナーは単なるデザインの下請け業となっていないだろうか?
企業経営において、デザインの重要性がますます高まる中、デザイナーにはより本質的な経営のパートナーとなることが求められている。
デザインの本質
~デザインは姿、形ではない~
私たちは日常生活でよく「デザイン」という言葉を使うが、その意味するところとなると、存外、あいまいである。国語辞典で「デザイン」を引くと、通常は、意匠、図案、設計といった言葉が当てられているが、これは、英語のDesignがわが国に初めて入ってきたときに、「意匠」、「図案」と翻訳されたことに由来している。
「意匠」=「装飾」の意味合いが強かったため、その後、Designの訳語に「デザイン」というカタカナが当てられるようになっても、その意味は、「モノの姿や形、または、それを構想し、設計する行為」といった程度のとらえられ方をしている。
一方、英語のDesignは、これよりも広い概念で、「計画」「目的」「意図」や「企画する」「立案する」といった用法があることがわかる。Designの語源が「計画に基づき、作る(創る、造る)こと」「考案すること、意図すること」を意味する14世紀のラテン語Designareにあることを考慮すると、姿や形よりも、むしろ「意図」や「計画」にこそデザインの本質があるといえるだろう。日本語でいう一般的な意味での「デザイン」は、本来のデザインの意義を矮小化したものとなってしまっているのである。
デザインを生業とするデザイナーに対するとらえ方にも同様の傾向がある。あえて言葉を悪く言えば「造形や図案や装飾を行う人」が一般的な企業におけるデザイナーの定義ではなかろうか。このため、図形や装飾にこそ価値があるファッションなどの一部の業界は別として、一般的に、デザイナーの地位はそれほど高くはない。「中身」と「装飾」があるとすれば、中身(技術、機能、コンテンツ)こそが本質であり、装飾(デザイン)はその付け足、化粧にすぎない。
だから、化粧師であるデザイナーは、中身についてはとやかく言う必要はない。大切な中身をいかにお化粧して引き立てるか。それがデザイナーに与えられた「一般的な」役割である。そのため、「とやかく言わずに、見栄えの良いものをつくってくれればよい」というような言葉を投げつけられ、理不尽な思いを抱いた経験のあるデザイナーも多いだろうと思う。
本来は、意図や計画にさかのぼって中身からデザインすることにこそ、デザイナーの果たすべき役割があるべきはずであるのに、職能としてのデザイナーに与えられる仕事は、それよりもずっと小さな範囲のものとなっているのが現状だろう。
デザイナーの位置づけ
川下に位置するゆえの悲哀
筆者は経営コンサルタントとして、企業の経営戦略や新規事業の立ち上げ、ブランド先着の立案・実行支援などに携わっている。コンサルタントほど何をやっているのか説明しにくい商売もないが、平たく言えば、戦略や事業や組織のデザイン(リ・デザイン)を行う外注業者である。
もっともいわゆるデザイナーのような美的センスも造形能力もないから、デザイン業を名乗るには遠慮がある。それでも、現状を調べ上げ、進むべき方向性を定め、企業が置かれた実態にふさわしいやり方で実践に落とし込んでいくという仕事の内容は、本来の意味でのデザインの作業に近いものだと思っている。
先ほどの物言いで言えば、われわれコンサルタントの仕事とは、経営の「中身」をデザインすることである。「装飾」については範疇外であることを自覚しているから、たとえば、クライアントのマーケティング戦略でかかわるときなどは、基本的な戦略の立案とプランニングまで行い、プロモーションなどの実践段階になると、広告代理店やデザイナーに引き渡すことになる。一連の流れを川の流れにたとえれば、川上(戦略・事業・組織)をわれわれがデザインし、川下部分(顧客とのインターフェイス)をデザイナーがデザインするという役割分担になっているといえる。
川上・川下のメタファーを使うと、企業のおおよそすべての仕事は、調査→企画→コンテンツ作成→インターフェイスのデザインという流れに抽象化して整理することができる。ここで問題になるのは、通常、川上部分は企画職、マーケティング職、コンセルタントなどの実務家が担当し、デザイナーは川下に位置することである。 せいぜいコンテンツの制作にかかわれればよいほうど、通常はインターフェイスのデザインのみを担当することになる。
川上と川下の断絶
実務家とデザイナーの断絶
川下に位置するデザイナーにリレーのバトンが受けた渡されるころには、さまざまなことが決まってしまっており、それを所与の制約条件とせざるを得ない。したがって、デザイナーはつねにこの不自由さと闘う羽目になる。もっと早い段階で意見を言わせてもらえれば、と嘆くことは多いだろうが、それはかなわない。
今更、企画に立ち返って調整し直すことは、予算上もスケジュール上も担当者の体面上も不可能な場合が多いからである。その中でやりたいことがやれずにフラストレーションをためながらも、とにかく形に仕上げなければならないと苦労することになる。
当然であるが、実務家になればなるほど、デザイン的な素養や完成が欠ける傾向がある。しかし、川上部分を担当するのはこの実務家たちである。デザイン性に欠ける人々が川上部分を担当するから、川下に受け渡されることには取り返しがつかなくなっていることが多い。
顧客はインターフェイス(顧客接点)のデザインのみから、その企業なり商品なりサービスなりの良し悪しを判断するほかない。となれば、インターフェイスのデザインは企業戦略上もっとも重要なモノであるといえるが、川上と川下の間に断絶があるため、良いものが生まれ難い環境になっているのである。
デザインの川上化
右脳と左脳を統合する
経営の視点から見た場合、これは非常に問題である。成熟社会を迎えたわが国では、商品、サービス、企業イメージにおけるデザイン性が極めて重要になってくるからである。今後は、企業活動のあらゆる局面において高いデザイン性を有する企業でない限り生き残っていけない可能性すらある。デザインは経営戦略上極めて重要な課題となっているのである。
これまでの議論をふまえると、今後、企業のデザイン力を高めていくためには、分断した川上と川下を架橋していくことが不可欠となる。そして、そのための現実的なやり方は、デザインの川上化、すなわち、川上の業務にデザイナーを加えていくこととなろう。
デザイン力に定評のある欧米の企業では、経営トップと対等に話せるポジションにクリエイティブディレクターやデザインコンサルタントを置くことが多い。このようなポジションにあるデザイナーが、経営トップの承認の下、デザインにかかわるすべての業務を統括することで、川上から川下までの企業活動がデザイン的に統一される仕組みとなっているのである。
日本でもファッション系の企業を中心にまれに見受けられる手法だが、企業側のデザインに対する理解度がそれほど高くなく、経営トップと対等に渡り合えるデザイナーの絶対量も不足している現状では、あまり一般的なやり方とはいえないだろう。
もっとも、クリエイティブディレクター制をとらなくても、川上と川下を架橋することは可能である。たとえば、商品開発であれば、企画(マーケッター)、開発(エンジニア)、デザイン(デザイナー)、販売(営業)からなら異種混成のプロジュクトチームを立ち上げ、川上から川下までの一連の業務を取り仕切らせるようなやり方がこれに相当する。
各部門から担当者が集まって、あたかもスクラムを組むように振る舞うことから「ラグビーアプローチ」と呼ばれるこの手法は、企業のデザイン力を高めるためのデザインマネージメントのあり方として近年注目されているものである。わが国では、古くからホンダで実践されてきたことで知られている。
実際、筆者は、クライアントの商品力を高めるために、ラグビーアプローチによる商品開発を試みたことがある。最初は考え方の違いからあつれきが生まれることもあったが、次第に右脳と左脳がミックスされるような、「共創」の喜びを味わえるようになり、自然に部門間の壁がなくなっていくという経験をした。実務家とデザイナーという違う能力と思考をもった人間が議論するからこそ、1+1=2以上の創造が誘発されるような快感を味わうことができたのである。
経営のパートナーとなるために
~実務家と共働する~
この経験を踏まえ、現在、筆者が試みているのが、デザイン事務所との協働によるコンサルティングである。たとえば、デザイン事務所にクライアントから新規立ち上げに伴うデザイン業務の以来があったときに、商品や店舗やWebサイトのデザインのみならず、事業戦略やビジネスモデルやコンテンツまでを含めてデザイナーとともに作り上げ、逆提案するのである。
そうするとクライアントは一様に驚きを隠せない。「正直、ここまで考えてもらうとは予想してなかった」と言わせればしめたもので、時にクライアントの当初のスキームに変更を加えざるを得ないときでも、「一緒にビジネス化を考えていきましょう。」といわれる対等なパートナーとなれるのである。
欧米では、デザイナーのみならず、MBA(経営学修士)ホルダーなどの実務家を抱えているデザイン事務所が活躍している。彼らは、経営戦略からデザインまでを一気通貫に形にできるコンサルティングを実践しているのである。筆者がデザイナーたちと目指しているのも、そのような川上から川下までを貫くデザイン&ビジネスコンサルティングである。
しかし、必ずしもコンサルタントのような外部の実務家と組む必要はない。大切なのは、デザイン業務の下請けにならず、川上をつかさどる実務家たちと協働するようなスキームを提案することである。たった一人のWebデザイナーであってみも、企業経営を一緒に考え、それを形に落としていく役割を与えられることは可能である。
実際、ある企業では、会社のホームページのデザインをWebデザイナーに依頼したところ、商品間のブランドイメージの混乱を理由にブランド戦略の再構築を逆提案された。この提案をもっともだと感じた企業側は、以後、ブランドの再構築、新商品の開発、CI、研究施設の改築などをこのデザイナーとひとつひとつ形にしていったのである。
これが功を奏し、現在では、雑誌やテレビでデザイン性の高い企業として取り上げられ、ビジネス上の成功も収めるようになっている。
このようなやり方は中小・中堅規模の企業がクライアントである場合に向いている。経営者とデザイナーがじかに接する機会を持ちやすいからである。実際、中小・中堅企業でデザイン性の高さが評価されている企業には、ふとしたきっかけから信頼できるデザイナーと出会い、その後、長期間にわたってクリエイティブディレクターやデザイン顧問の契約をしているパターンが多い。
資金的な余裕に乏しいためデザイン料としていは多くを期待できないかもしれないが、デザイナー冥利に尽きる仕事ができる可能性が高いのが、中小・中堅企業をクライアントにすることの魅力である。
信頼されるデザイナーの条件
~対話の重要性~
経営者が対等なビジネスパートナーとして、信頼に足るデザイナーの条件とはなんだろうか。筆者は昨年度、デザインを活用している企業のデザインマネージメントについて調査を行った。この調査の中で、対等なビジネスパートナーとしてデザインを活用している企業の経営者たちが語った、 「経営パートナーとして信頼されるデザイナー」の共通点を整理しておこう。
・クライアントのことを真剣に考えている
デザイナーの本気は必ずクライアントに伝わる。クライアントにとっては腹の立つようなことでも、本気から出た言葉は必ずクライアントの心に届き、耳を傾けてくれるようになる。そういう真剣な態度がクライアントの心を開き、信頼を醸成するのである。
・デザインに対する自分の思想や哲学を言葉で語れる
デザイナーのアウトプットはデザインであり、理屈や言葉ではない。しかし、なぜ、このデザインが良いのか、クライアントにとってどういう意味があるのか、デザインで何を実現すべきか、については、明確に自分の言葉で述べることが求められている。
そのためにはデザインに対する自らの思想や哲学を持っていることが不可欠である。思想や哲学を持ったデザイナーには、実務家たちも一目を置き、対等なプロフェッショナルとして接するようになる。
・クライアントと徹底して対話する
結局のところ、これがいちばん重要なものではないかと思う。クライアントはデザインを依頼するとき、明確なイメージをもっていないことが少なくない。となると本当にクライアントにとって良いデザインを行うためには、まずは、クライアントの抱えるあいまいなイメージを解きほぐし、それに形を与えることが必要となる。
そのためには、クライアントのもっている想いの核に突き当たるまで、徹底して対話するほかない。これは、一緒に夜空を見上げ、漠然とした星屑の中から星座のありかを探り当てるような根気のいる行為だが、自らの想いの核を発見することができたとき、クライアントは無上の喜びを感じるものである。そして、その想いを見つける手助けをし、具体的な形を与えてくれるデザイナーには、無窮の信頼をおくようになるのである。
対話の中からしか創造は生まれないことを肝に銘ずべきだろう。
デザインの本質
~想いを形にする~ これらはまた、筆者がコンサルタントとしてクライアントに接するときに心がけているものと驚くほど一致するものである。最終的に、姿、形に落とすか否かの違いはあるが、企業のデザインを行うコンサルタントの仕事も、インターフェイスのデザインを行うデザイナーの仕事も、本質的な方法論に違いはないということだ。
自分の思想を持ってクライアントと真剣に向き合いつつ、対話の中から想いを引き出し、形を与えていくこと。これこそがデザインの本質であり、デザイナーに求められる役割である。